By 霞翠さん

村下孝蔵さんが突然亡くなったのは2年前、1999年6月24日。3回忌の今年、沢田聖子さんの呼びかけで彼を追悼するライブが実現することとなったそうだ。残念ながら私は生前の村下さんのコンサートへ足を運んだことはないが、もちろん「初恋」や「踊り子」など大ヒットを飛ばした彼の曲たちはよく知っている。山木倶楽部からのインフォメーション葉書で知ったこの「追悼ライブ」は、これまでも何度かジョイントをしている山田パンダさんと沢田聖子さんと一緒だということもあり、すぐに行くことに決めチケットを購入したのでした。

当日の開場は16:30、開演は17:30の予定だったので、開場の10分前くらいには吉祥寺STAR PINE'S CAFE前に到着。既にかなりの人の列ができていました。整理番号「赤文字」と「黒文字」の2列で並んでいて、番号順に同時入場。「黒文字」は普通に店頭販売されたチケット、「赤文字」は沢田聖子さんのファンクラブを通しての販売による色分けだったらしい。村下さんと沢田さんはよくジョイントをされていたようで、開場待ちで並んでいる間に聞こえてきた話によると、村下さんのファンの多くが沢田さんのライブなどでこの追悼ライブを知り、遠くからわざわざいらしたファンも多かったらしいです。特にライブ当日6月24日は村下さんの3回忌法要の行われた日でもあったらしく、そちらへ行ってから吉祥寺へ来られた方もいらしたようでした。

16:30を過ぎ 程なく入場が始り、整理番号順番に会場へ。スタッフが場内を整理していて、ステージのある地下2階の席から座らせるようにしていました。私の整理番号は46番。ステージのあるフロアだとかなり後ろになるなぁ、と、ステージを見下ろすカンジになる地下1階席を目指していたけれど、地下2階へと促され断念。地下1階は以前ここへ来た時はかなりゆったりと椅子とテーブルがセットされていた記憶があったけれど、この日はテーブルを減らし、めいっぱい椅子が並べられていました。120〜130席というところでしょうか。ほぼ満席。男性が7割くらい占めていたかな?

結局ステージのある地下2階後方のステージに向って右端の席に座り、ドリンクなど飲みながら開演待ち。場内には「ベンチャーズ」の曲が流れていました。後でわかったけれど、ベンチャーズが大好きだった村下さんの追悼ライブの為に、前日沢田聖子さんが購入してきたCDだったそうだ。また、ステージには3枚のパネル写真が飾られていて、ステージに向って左から山木さんと村下さんのツーショット、パンダさん、聖子さん、村下さんのスリーショット、もう一枚は影になってはっきり見えなかったけれど聖子さんとのツーショットだったのかな。いずれも聖子さん撮影・提供の写真ということでした。

開演予定の17:30を少し過ぎる頃、村下さんの「初恋」がながれ始め出演者全員のご登場。パネル写真に合わせるように、ステージ左から山木さん、パンダさん、聖子さんが座り、しばらく「初恋」をしみじみと聴いていたのでした。そして聖子さんが進行役よろしく口火を切り、全員がそれぞれの村下さんとの想い出を語り始めました。山木さんはこの日いつになく派手目の赤い(ちょっとエンジがかった赤)アロハシャツを着ていて、そのシャツは偶然後ろに飾ってある村下さんとのツーショットで着ているシャツと同じなのでした。聖子さんにそれを指摘されると、「このシャツは普段ほとんど着ていなくて、今日着てきたのは全く偶然なんだ」とのことでしたが…?

生前コーラが大好きだったという村下さんに合わせて、ステージにはコーラが用意されていました。それを一口飲んだパンダさん、「村下のやつ、よくこんなの飲んで唄えたよな。普通ゲップしちゃいそうじゃない。それを言ったら村下が、『パンダさん、コーラを飲んだ後にこのお茶を飲めば大丈夫』(村下さんのモノマネで)って、いつもこのお茶(某メーカー指定)を必ず用意してたんだよな」とお茶を手にしながらお話してました。聖子さんは3人の中でも特に村下さんとの交流が深かったらしく、電話でのお話のエピソード等をたくさん話して下さいました。

ひととき想い出話に花を咲かせた後、まず最初に聖子さんのステージ。曲は「シオン」「約束」「親愛なる人へ」の3曲でした。3曲目の「親愛なる人へ」は、聖子さんが村下さんの為に作った追悼曲で、切々と歌い上げる歌声を聴き、胸が熱くなる思いでした。突然どこにも存在しなくなってしまった大切な人への想いがあふれるような、そんなステキな歌でした。この曲は聖子さんの最新アルバムのトップに収録されているそうです。

続いて山木さんのステージ。山木さんもギターを大切にされている方ですが、その山木さん以上にギターを愛していたという村下さんとの想い出をもう少し。後ろに飾ってあるパネル写真を見つめながら、「村下君は本当にギターが大好きで、自分のギターケースの中には必ず乾燥剤を入れていたんだよね。僕の楽屋に遊びに来てくれると、いつも真っ先に僕のギターケースをチェックしたり、勝手に人のギターのチューニング始めたりするんだよね。(あんなに早く亡くなって)悔しいだろうな。生きていなくちゃいけないよね。」と朴訥に語っていました。曲は「大きな古時計」(インスト)「ねぼすけじぃさん」「泣きたくなった夕暮れ」「再会」「思えば遠くへ来たもんだ」の5曲。最初のインストから「ねぼすけじぃさん」へは流れるように続きました。山木さんらしい選曲だなぁ。「ねぼすけじぃさん」はタイトルだけ見るとコミックソングみたいだけれど、「天国に行っちゃだめだよ」っていう歌だし、友を思って「泣きたくなった夕暮れ」もあっただろうし、叶うものなら「再会」もしたいだろうなぁ、、と考えるのはこじつけでしょうか?

そしてPANDA//SONのステージ。PANDA//SONは山田パンダさんと、そのご子息の勝久さん、池田森さんというユニット。勝久さんと池田さんはまだお若くて、楽器も歌も発展途上という感じですが、年長者にまざって、とっても頑張ってました。曲は最初の1〜2曲の曲名がはっきりわからないのですが、「田舎道」「君と見た空の下で」だと思われます。(間違っているかもです)3曲めからは「夕暮れの男」「明日の恋人」「祭り火」でした。「夕暮れの男」は勝久さんが村下さんの為に作った追悼曲でした。勝久さんは『アイリッシュ・ブズーキ』というマンドリンに似た音色の楽器で数曲演奏されていました。パンダさん曰く「日本での第一人奏者」ということでしたが、とっても素敵な音色でした。また、パンダさんは村下さんのご実家へ尋ねた時のお話や、墓前にギターのピックを供えてきたお話などをして下さいました。

PANDA//SONのステージが終わると最後にもう一度全員がステージに出て、今度はそれぞれが村下さんの曲を唄いました。まずは山木さんが「この国に生まれてよかった」を。次に聖子さんがアカペラで「春雨」を。この後また村下さんの思い出話を少ししていた中で、この日行われていた3回忌の法要の話になりました。会場にはこの法要へ出席された後に駆けつけたという、村下さんファンの高橋さんという方がおられ、ステージのパンダさんがその高橋さんに語りかけ、「村下君の曲で『タカハシ』っていうのがあったよな。あれはどういう歌だったのかな?君、唄ってくれる?」ということになったのでした。村下さんの人生の中で何人もの「高橋さん」がいて、それぞれの高橋さんがみんな素晴らしい方達だってそうで、それで『タカハシ』という歌を作ったのだそうです。その『タカハシ』を高橋さんがアカペラで唄い始めたのでした。途中涙で声をつまらせながら、それでもみんなに聴こえる声でハッキリと唄ってくれたのでした。聴いている私も胸が痛くなるような切ない歌声でした。歌が終わって、ステージのパンダさん達も私達も大拍手です。自分が大ファンであった方の追悼ライブっていう のは切ないだろうなぁ。。。

それから聖子さんが、「村下さんの曲には唄っていると元気になるようなこんな曲もあるんですよ」と、今度は全員で「風のたより」を。山木さんのハモリのパートがとってもよく響いていました。続いて池田さんの「松山行きフェリー」、勝久さんの「ロマンスカー」。

そしてパンダさんの「踊り子」。村下さんが唄う「踊り子」とは趣きが違うけれど、パンダさんはしっかり自分のものにされて唄っていました。最後にもう一度全員で「初恋」を。ここでも山木さんのハモリのパートはよかったです。場内でも口ずさんでいる方が多かったな。本編はこれで終了でしたが、拍手は鳴り止みません。アンコールに応えて再び全員がステージに。何を唄ってくれるのかなぁ、と待っていると、聖子さんが「村下さんも大好きでよくステージでも唄ってらしたんですよ」と紹介してくれた曲は、意外にも井上陽水さんの「夢の中へ」でした。やはり聖子さんが用意してくれていたご自分と村下さんのジョイントライブで「夢の中へ」を唄っている時の音源を流し、パンダさんが「村下、おまえも一緒に唄おう」と全員で唄ったのでした。唄い終わり、拍手の中ステージの皆さんが引き上げていきました。すると今度は場内に村下さんの「ゆうこ」がながれ始めました。場内はしんとして聴き入り、誰一人席を立ちません。曲が終わり、再び場内が大拍手に包まれ、追悼ライブが終わったのでした。とても暖かい、心に染みるステキなライブでした。

TOPページへ