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コラム /2012年

     他愛のないことに感心して、スミマセン (5月9日)

朝目がさめて、さて今何時だろうと思いラジオを点けるのが習慣になっている。更に床から起き上がると、机の上の小箱に目線が行き中の腕時計を見る。バンドの調節をしていないのでまだ一度も使用していない電波時計である。なんでも、この時計は、一日一回時計から一番近い電波送信所から送られてくる電波を受信して時刻日付を合わせるという。誤差はおよそ10万年に1秒というケタ外れの精度に呆れながらも頼りにしていた。
 それが今朝、小箱の蓋が大方閉じていた。もしかしたら…予感は当った。蓋を開け覗いた瞬間、時計の針は今の時刻とは大幅に違っていたのをはっきりと見た。すると間もなく、眠りからさめたように、あるいは待っていたかのように分針がゆっくり左回りしたではありませんか。もしかしたら電波時計だから現在の時刻に設定されるのではないかと半信半疑で見守っていたら、果 たしてその通りになり、40分のところでしっかり停止したのである。もちろん、文字盤の右側の日付も上から下に回転するように日を重ねて9で止まった。
 時計にとってはあらかじめ予定された行動であったかも知れない。が私には、不思議な世界に入り込んだような感覚になった。地球を離れた探査機を地球上から遠隔操作するとこうなるのだろうか。
信じられない!

     原発に依るエネルギーの確保は止めよう (4月30日)

とりかえしの付かないことがあることを今回の原発事故でわかった。想定外だったという言葉を連発して少しでも責任から逃れようとする政府と東京電力は、今度は1日も早く現状回復を計ろうとしている。わたしたちの生活の中では想定外のことが数多い。しかし、経験するほとんどの想定外による犠牲は、お金を費やし時間の経過と共に軽減され再生されていくものであるが、こと原発に関しては事故が起きたら「終わり」で、ある。ましてや使用済み放射性物質の最終処分場はままならない状況や廃炉にする方法も確立されていない現状で、ただ問題の解決を先送りしている悪行ではなおさらである。
 どうしても再稼動したいという人たちは、口を揃えて、日本経済の衰退とか原発に依存してきた生活 からは離れられないと言う。もちろん、どちらも耳をかさなければならない大事な問題だが、解決策は考えられる。だが、よく考えてもらいたい。放射線の不安と恐怖に怯えながら、他所の人からは一線を引かれ徐々に忘れられていくような生活を、これから先、気の遠くなるような時間で過ごさなければならない被災者たちは地獄である。くり返してはならないのである。電力事情をろくに精査しないで原発が稼動しなければ電気料金を値上げせざるを得ない?あなたたちは誰のおかげで生活しているのですか。

     ウグイスの初音に春の訪れを知る。 (4月10日)

名残の雪がこれほど何度も繰り返されたのはめずらしい。二度目の時だったか、綿をちぎったような雪片が木の枝にほんわりと載った光景を見た。まるでおとぎの国にまぎれたようで大の男がメルヘンチックな気分になった。しかし、夢に浸っている時間はあっという間である。日が昇ると、綿雪は泡雪となり無惨な姿となった。それから、それが洗い流したように消えると大地が露になった。これまでのことは一瞬の夢ではなかったかと思わせた。
 そして、それを待っていたかのように我が家の小さな裏庭のほうからウグイスの初音を聞いた。ガラス窓越しに声の方を凝視すると、低木のヒバの茂みが小さく揺れたと思ったら一匹の小鳥がこちらの方に向かってやって来た。そして、10メートルほど先ではっきりとその姿を見た。スズメよりやや小さく色はメジロの萌葱色に似ていると思った。そうこうしている間にもウグイスは立ち止まることを知らないのか、マンサクからシャクナゲそして桜の大木の幹に飛び移ったかと思ったら一気に小枝まで渡り歩いていた。あっという間だった。
 あまりに素早いので観察するヒマがない。それでも鳴く瞬間を何度も垣間見ることができた。が、その鳴く恰好が意外だった。嘴を開いて喉を鳴らすしぐさをするというよりは、からだ全体を震わせ尾を上下に大きく揺らして声を吐き出すような格好をした。ホ−ホケキョとさえずる優雅な姿とはおよそ大きく懸け離れていたのが印象的だった。ついには、桜の木の梢から一直線に隣の垣根に吸い込まれるように飛んで姿を消した。ウグイスの一連の行動は、まるでスライドショーを見ている気分だった。
いよいよ本格的な春到来である。

     もっと国を上げて国際交流をしょう。 (3月22日)

国際教育研究所(IIE)というのがあるのだそうだ。そこでまとめたところによると、昨年アメリカで学ぶ留学生のうち最も多かったのは、中国大陸の学生だったという。近年、米中間は何かとぎくしゃくしているように見えるが、イデオロギーこそ違っていてもお互いに大事なパートナーであることを認識している。勿論それに対しての異論はないし、当分の間経済大国世界第一位 と第二位の座はゆるぎないにちがいない。 ところでその学生数だが、15万7558人である。二番目はインドの10万3895人、三番目は韓国の7万3351人である。以下カナダ、台湾、サウジアラビアそして日本となる。その数はというと、2万1290人である。これが同盟国アメリカで学ぶ学生だから他の国への留学生を加えても総数は推して知るべしである。
 日本は島国である。鎖国をしていた江戸時代でさえ開港場所こそ限定されていたが外国との交流は盛んであったと聞く。しかし、黒船襲来がそうであったように、日本はいつでも先に外国からのアクションがないとダメらしい。なかなか独自には動かない。
そんな中、台湾の故宮博物院の日本展が2014年に開催される基本合意ができたのは嬉しい限りである。国立故宮博物院は中国の歴代皇帝の文物を約69万点を収蔵する世界五代博物館の一つとされる。東京開催以外はまだ具体的に決まっていないが、収蔵物がアジアの外国に展示されるのは初めてという。留学生の話から話が飛んでしまった。言いたかったことは、将来を担う10、20代の若い人たちがどんどん海外進出して、いろいろな国での人文科学や自然科学を学ぶ中で 、将来の日本発展の足固めをすることが大切ではないかということである。

     議会傍聴の醍醐味はそこに至るまでの丁々発止にあり。 (3月16日)

議会の傍聴は愉しい。もっとも私のようなヒマな人間だからこそできることではあるけれど。『議会だより』だけではわからないその場の雰囲気や議員の息遣い、手に取るようにわかるその臨場感がたまらなく好きで通 っている。
 今回の傍聴では興味深く思ったことが2点あった。1つは、昨年末に町100%出資の観光会社が3000万円ほど黒字になったこと。原発事故で風評被害をもろに受け散々な目に会ったはずなのに素晴しい結果 だと喜んだのもつかの間、実は東電からの賠償金が6100万円入ったからだという。アレレ…。更に、黒字になったのだから職員に手当てを…?どこか違うのではと私は思った。昨年の議会でもこれと似たようなことで私は頭を傾げたことがあった。一人暮らしのご老人に暖房費を援助するという案があった際、こともあろうに、遠くから通 っている町職員にも車の燃料費を援助しましょうという。今回もそうだが、人が羨むような生活をしているとされる町やその関係団体の職員におもねる気持があるのではと思われても仕方がない発言が気になった。2つ目は、久しぶりにそして実に心暖まる発言があった。学校の統廃合の問題で、廃校となった地区住民に対してもう少し配慮せよというものだった。 開校に当たっては、当時、地元住民の方々はずいぶん骨を負ったにちがいないし、
並々ならぬ 協力があったはず。その時の経緯を無にして、統合だからと建築物ばかりではなく子供達まで一緒に引きさらって行くような行為はいかがなものか、簡単にいえばそういうことだった。結局、これまで使っていたプールをしばらく残すことで、しばらく子供達の声が聞けるという結論になった。安堵。
 傍聴した午前午後のいずれの2時間もあっという間に過ぎた。傍聴者は私が1人という時もあった、が、今回は7人。
気のせいか議員と町長や各課長のいずれの側もいつもより張り切っていたように感じられた。

     父の出番で、一件落着 (3月06日)

親子三代我が家の男達の共通 な話題は唯一魚釣りに関すること。父と私はもう釣り糸を垂らす機会はなくなったが、息子は今まさに苦もなく朝起きができる現役である。今シーズンはすでに10回はワカサギ釣りにでかけている。1人のこともあるが大概は4、5人と出かけるので一応安心はしているが、報道されているようにすでに同じ場所で一酸化炭素中毒で3人が命を落としている。少し自重したらよいのにと思いながらも、出かける毎に300匹〜400匹は釣り上げてくるのでそれも無理な話と諦めている。
 先日も約450匹釣ってビニール袋に入れてきた。5〜7センチのワカサギは1匹1匹が銀色の腹を見せ、それは見事できれいだった。ところが、息子は難題を持ちかけてきた。この中の1匹に釣り針が付いているかも知れないというのだ。魚が小さい上に釣り針はさらに小さい。1匹1匹丹念に調べるのは容易でないのは誰の目にも明らかだった。しかし、食べるからには確実に針1本を探し当て取り除かなければいけない。さて困った。
 すると父は、釣り針は金属だから磁石を当てれば良いではないかと平然とした顔つきで言った。私はすぐさまあの馬蹄形(馬のひづめの形)のオモチャの磁石を思い出し、あんなもので果 たして…。父は、言うが早く皆の前に意中のものを持ってきた。直径5センチ、厚さが18ミリ、重さが30グラムほどのどっしりした円盤状の磁石である。それは私も知っている懐かしいものだった。強力なのは実証済みである。縫い針やクリップなら付いたら引き離すことはまず無理である。それほどのモノだ。
 父はこう公言した。たとえ腹の中に釣り針が入っていようとこの強力な磁石で見つけ出せる。次の日、父は雪の上に450匹のワカサギを並べ 、あっという間に約束を果たしたのは言うまでもない。

     マラソンで見た、”まじめ”さはまだ生きている (2月29日)

2月26日(日)の東京マラソンを見た。いつも参加者の多いのには驚くが、その多くの人の1人1人のマラソンにかける思いは1本のドラマになるにちがいない。そう思ったのは、開始前から注目を浴びていた公務員ランナーの内山優輝選手や孤高のランナー藤原新選手の大会後に明かされたマラソンに賭けた日々の生活はまさにドキュメンタリードラマそのもだった。共通 していたのは暖かい家庭に支えられていたことである。想像していた以上にかけ引きのない地味な練習情景で胸に迫るものがあった。藤原選手は、マラソンをつづけるために仕事を止めた結果 経済的に困窮していたので今回はどうしても賞金が欲しかったと屈託のない笑みを浮かべたり、一方内山選手は、期待して応援してくれた人たちに申し訳ない結果 となったと翌日丸坊主だった。いずれの映像を見ても、こんなに真面 目にマラソンに取り組んでいる人がいるのだと思ったらとても嬉しくなっただけではなく、久しぶりにすがすがしく爽やかな気分になった。
 そう思いながら、
私の悪いクセだがまた脳裏に浮かんだ。世の中には、何ごとか新しいことが始まるとすぐに飛びつき、いくらかでも自分の有利になる既得権を得ようとする人がいかにも多い。そのくせ結果 が芳しくなった途端に、知らぬ存ぜぬをきめこみ責任から逃れようとする。率直に結果 を公表して責任の所在を明確にすることはできない。誰もがその勇気がなく保身することに懸命だ。曖昧にすることが最良の方法だと勘違いしている。その点スポーツ選手の結果 に対する潔い責任の取り方や対応は懸命であり賢い。次にはステップ・アップが約束されたようなものある。

     春よ来い、早く来い (2月23日)

今朝早く鳥の鳴き声を聞いた。こんなことは初めてである。いよいよ春の訪れかなと思ったら嬉しくなった。そいえば、この頃になって雪に替わって小雨が降ったりして日中の気温は着実に上がっている。遠くが霞んで見えたりして何となく春の気配があった。今日は雨がトタン屋根を打ち鳴らしているが、数日前までは毎日が雪片付けが日課になっていた。息子らが出勤した後の駐車場には夜明けに出動した町の除雪車が残した雪がある。70センチほどに山積みされた堅雪を、スコップとスノーダンプで、道の反対側の人家のない場所まで何度も何度も運ぶ作業は骨が折れる。
 それでも昨年までは、冬場の適度な運動だと思って積極的に雪片付けを勝手出た。事実、作業後には心身共に晴れ晴れとした気持になって一挙両得だったのが…。それが今年は、日中でも気温が上がらず、
マイナス二桁の気温がつづき作業を始めてすぐにも息が上がってしんどくなった。その兆しと言えるかどうか、前にもそんなことがあった。
 正月の2日、恒例になっている近くの愛宕神社の初詣に行った時、昨年は一大決心してようやく上った急斜面 を前にして、今年は
息が切れてしゃがみ込んでしまった。 まだまだ大丈夫と自信を持っていた身体と気持とが断絶した瞬間だった。そのことを自覚しなければならないと知った私は寂しくもあり無念だった。3月に96歳の誕生日を迎える父の前では恥ずかしくて言えないが、1年毎に身体のいたるところに老いの形跡が現われている。家庭用除雪機のお世話になる日もそう遠くはないのではないかと思うようになった。
 
いつもになく今年は寒いと周りの人は口々に言う。確かに、この寒さのせいで体調を崩している友人・知人は少なくない。ご自愛とはこういう時期に使うものではないかと思った。まだまだ油断はできないが、春遠からじ、である。

     世界情勢が敏感に跳ね返ってくる私たちの暮らし (2月14日)

パソコンの購入を通 販に依頼して2週間になるがまだ届かない。飛躍的に向上した生産形態や流通 システムのスピード化、注文した品物が翌日配達になるご時世では普通 では考えにくい。が、今回の買い物では、あらかじめ申し込みの時点で納期は約2〜4週間となっていたので、産業構造に変化が起き始めておそらく海外で生産されたりしているのかも知れないとも考えそれなりには心に待ち設けていたものの、これまで経験したことがない状況に少々気落ちしている。
 そういえば先頃、2011年度の貿易収支は赤字に転落したというのを伝え聞いた。商品の輸出と輸入の差額が2兆5000億円になる模様だという。自動車、家電を中心にした貿易立国として君臨してきた我が国、いつの日かこういうことになるだろうと予測をしていただろうか。新興国の中国や韓国や台湾の経済成長は著しい勢いだ。それでも近年、日本経済は更なるコスト削減のための量 産体制を敷いていたが、もはやその方法でも限界が来ているのを感じた。
 そういう意味で、今回の私のパソコン注文に関する一連の流れはしごく当然のよう気がした。

     父、友との別 れに又出直しを誓う (2月4日)

父が最も親しくしていた友達が亡くなった。名をコウイチといい、父よりはひと回り以上は若かった。昨年は一度も顔を見せなかったが、父から、体調がすぐれないことは聞いていた。寂しかったのだろう、4キロメートル程先のコウイチあんつぁ(目上の人の名前の語尾につける、敬称)の家に自転車で何度も行っていたのを知っている。往年の山好き者がするように野山を駆けめぐるような訳にはいかないまでも、一緒に温泉へ行くくらいまでには回復するだろうと思っていた。
 これまで、コウイチあんつぁと父との関係は、私も羨むほど、兄弟のようなつきあいをしていた。「オイ!爺さま居っか」という電話を何度受けたことか。そうこうしているうちにも、我が家の玄関先に立っているほど直情径行の人だった。もしかしたら週に2回は顔を見せていただろう。その都度、自分が作った畑の野菜を山ほど抱えていた。そのくせ我が家に上がることはあまりなく、いつも父と裏の小さな庭とも畑ともつかないネコの額ほどの盛り土地の隅で、ほんの数分立ち話をするとすぐに帰った。
 そんなコウイチあんつぁが私は好きだった。私の名前を呼び捨てにする唯一の人だったのが何よりも嬉しかったし、お互いの心情がわかり過ぎるほどわかっていた。 酒の好きなコウイチあんっあは、私が珈琲好きで凝っているのを知っている。時折、挽き立ての珈琲があるからと誘うと、めったに上がることのないコウイチあんっあが、それなら飲んでいくかと言いながらも居心地悪そうに、しかし旨そうに飲んでいった姿を思い出す。
 父が特別に楽しみにしていたのは、コウイチあんっあとその友人たち4、5人とで、近くの芦の牧温泉宿に一泊で出かけることだった。お酒をほとんど飲まない父がどんな具合にして皆の中で収まっていたかはわからないが、気兼ねなくて愉しかったのだろう。帰ってくるとすぐに次回の日程を手帳に書き込んでいた。旅館から手紙をもらったり営業の人が何度も顔を見せた。お得意様だったにちがいない。それにしても何度もお供をしてもらった、コウイチあんっあ、ありがとうございました。合掌。
 父は自分より若い人が又先立ってしまったと嘆く。いち時期が終わった。

     これほどまでに欠如していた公の精神 (1月30日)

いつも車内をまるで雑巾をかけたように綺麗にして乗っている友人がいる。ゴミ一つ見えない。ダッシュボードやコンソールボックスに入れるべきCDや小物は整然と収納されている。それを感心していたら、会社でも公用車を暇を見つけては洗車したり車内を整頓したりしてそうしないと気が収まらないといい、そうする事で自分自身がしゃきっとするのだと言う。それを聞いて思い出した事は、私たちは自分の物は大切にして関心を示すが公の物には案外無頓着であるとしばしば言われてきた。その人は私には輝いて見えた。
 話は変わるが、ひと頃は、確かに日本人は他の先進国に比べて公共心が不十分だと言われてきた。近年徐々にそれが改善されてきたとはいえ、それは皆のもの!と声を大にする人はまだまだ少ない。
 その顕著な例のひとつが先日伝えられた。東日本大震災に関連する10会議で議事録が未作成だったというのだ。「政府・東京電力統合対策室」「被災者生活支援」「電力需給に関する検討会合」の三会議では概要も未作成だったいうから呆れる。政府は、公文書に対してどのように思っているのか、あまりに無責任ではないか。公文書は政府もしくは関係者のものではない、国民共通 の財産であることを忘れてはいないか。いつの日か、再び似たような苦難に遭遇した折、公文書は、過去に起こった実録としてきっと役に立つことがある。それを考えれば、今回の不始末は歴史に対する裏切りにほかならない。
 それに比較して、アメリカというあの国の素晴しさの一つは、公のものを大事にすることである。公文書を例に上げれば、情報公開が徹底されているしくみと精神は到底
真似はできないが、学ぶべきは大いにある。

     動画配信サイトYouTubeを見る (1月24日)

近年はインターネットは生活には欠かせない。中でも、アメリカのインターネット動画共有サービスのYouTubeはその際たるものである。これまでは、ネットといえば、百科事典代わりに主に検索を利用したネットの使い方だった。それが、もっぱらYouTubeに依存するようになったのは、その存在を知り、使って見て、やはり映画や歌は動画で見聞したほうが臨場感があった。
 
昔懐かしい石原裕次郎の歌った「千曲川慕情」や「北国の町」、そして昨年、アメリカのジャズオーケストラ、ピンク・マルティーニと組んでアルバム「1969」が欧米で大ヒットした、由紀さおりの「夜明けのスキャット」や「ブルーライト・ヨコハマ」がアッという間に映像として見られるのは、正にパソコンの命で、まるで魔法の箱を開けるというのがピッタリする感じである。映画では、竹脇無我を偲んで、栗原小巻と共演した「二人の世界」や「三人家族」を見た。また、能力の限界を繰り返しすることでカバーしようと中国語会話の勉強にも重宝している。
 さらに、昨朝、テレビでYouTubeの映像が流れていた。野田総理が野党時代、同僚議員の応援で街頭演説をしている姿である。自民党のマニフェストをやり玉 に上げ、行革、天下りを無くしてから消費税を語るべきだと盛んに吹聴していた。現在の総理の立場と逆である。もし、本人がこの映像を見ていたら、苦々しく思っただろうか、それとも立場が変わればまた考え方だって変わるものだと厚顔で見過ごしたか。視聴者は当時の状況(映像)を忘れていたかも知れない。が、真の映像とわかれば、賢い視聴者なら、今後の政局に対して一段と厳しい目を注ぐに違いない。
 情報を共有する事のできる社会環境を持つ我が国はすばらしい。同時に、YouTube
は、私の、ネットの活用の中で、益々利用されるにちがいありません。

     驚いたなぁ〜もう! (1月13日)

新年早々、部屋の中を片付ける気になった。元々シンプルライフを志す私は、5年前の引っ越しの際に、これをチャンスとみて、身の回りのほとんどの物を処分した。場所を一番広く占領していた本棚と中の本は全くといっていいほど無くなったし、衣類も必要最小限となった。清々したが、それでもまだ残っていて気になっている物があった。
 一つは、三十年程前に購入した、小林亜星さんとすぎやまこういちさんとがCMソングで、ミニコンポブームの火付け役となった、テクニクスのコンサイスコンポである。もう一つは、一昨年、迂闊にも誤って買ってしまったプリンターが1台あった。いずれも代役がいて今は出番がない。
 何とかoffという店に持って行った。
いずれはお払い箱にするつもりだったとはいえ、長年馴れ親しんで来た機器に全く未練がないはず
はない。むしろ、物を大事にする、もったいない世代の私には、後髪を引かれるような気持ほどではなかったにしろ、心に曇りはあった。査定する時間があった。5、6分ほどしてアナウンスがあり、手持ちの番号を確認してあらかじめ指定されたカウンターへ行くと、担当者は、1枚の譲渡・領収明細書を私に渡した。そこには、左欄の上から順に、プリンター、アンプ(パワー)、アンプ(プリ)、チューナーの四点が、そして右側に、それぞれ100円、50円、50円、50円と印字されていた。
 私は言葉が出なかった。機器を持ち帰る勇気もなかった。用紙の右下には、身分証明書番号が25110…

     今年は辰年、日本の復興への新しい年にしましょう (1月8日)

新しい年は駅伝で幕を開けた。1日の第56回実業団駅伝に続いて、2,3日は第88回大学箱根駅伝である。長距離走行は人生の縮図に例えられる。駅伝の1本のタスキに名誉と誇りを賭けたリレーは、人々の歓喜と涙を誘うが、私などは、じっと静かに観戦していても涙は止まらない。
  一方で、「食べログ」やらせ問題が発覚した。多くの人がデートや飲み会の店を探す時に重宝している飲食店の人気ランキングサイトのようだが、起こるべきして起こったという気がしてならない。食に限らず、ランキングというものには、どこか胡散臭い面 があるようでならない。私たちはどうしてこのランキングが好きなのか。どのようにしてこれが作られているか、ちょっと考えただけで
どれもマユツバものに見えてくる。ほんの参考程度にするならいいが…。
 今朝、NHKラジオで、琵琶奏者の上原まりさんが奏でる平家物語の冒頭を聞いた。文字では何度か目にしていた冒頭だが、霊験で迫力のある声を聞きながら、ふと思ったのは、自分自身の生活と近年の日本の現状である。東日本大震災発生以降、幸福の基準は少しづつ変わってきているとはいえ、まだまだ右肩上がりの経済成長の神話は信じられ、立ち止まったり引き返すことをすっかり忘れてしまっていることである。
  折しも、今日からNHK大河ドラマ『平清盛』が始まる。 祇園精舎の鐘の声 諸行無情の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理(ことわり)をあらはす