山都町の暮らしと自然
福島県喜多方市山都町は、人口約4300人(毎年60人ずつ減少しています)。最近、おいしいソバの里として全国的に名前が知られるようになった「宮古そば」の町です。
気象は内陸型で、強風の被害がなく、大規模な湛水もありません。積雪は1.5m程度、根雪期間は12月中旬から3月下旬までです。夏は天気が良く、日較差があり実の成る野菜や果物は甘くなります。
生活の上では、地下水利用の町営水道完備、燃料はプロパンガス。電気、電話は都会と変わりませんが、携帯電話は現在ドコモしか使えない地域があります。ただし中継塔がいくつも建設されたので、以前よりは通ずる所が増えました。テレビは場所によっては衛星放送しか入らない所もあります。下水道は現在整備中ですが、ゴキブリがいないのは下水道が未整備のおかげといえます。
保育所1か所、保健所一カ所、小学校3校、中学校1校、高校1校、内科小児科医院一カ所、歯科医院二カ所、JA会津いいで山都支所、耶麻西部森林組合、郵便局3カ所、消防署、会津信用金庫山都支所、商工会、ガソリンスタンド3カ所、JR山都駅、教会1カ所、その他寺社多数、温泉4軒、公営宿泊施設2軒(いいで荘電話0241-38-3111、いいでのゆ電話0241-39-2360他民宿・旅館あり、老人保養施設(しゃくなげ荘)、同リハビリ施設ケアホームやまと、同養護施設ハッピーランドやまと、そば資料館、伝承館、公民館、体育館。
サイハイラン
マムシグサ
詳しくは山都町のホームページへ
http://www.akina.ne.jp/~yamato/
むらのしごと、近所づきあいが不安という方がいます。必ずあるのが「村人足」。「賦役」ともいいます。春の雪どけで、傷んだ集落内の道路の補修。夏の道路際の草刈り。秋の、側溝の落葉さらい。こうした作業には、できるかぎり参加しましょう。単に罰金を支払えば良いと考えず、集落内の親睦や、いろいろな伝承技術を教えてもらう機会にもなります。これにさえちゃんと出ていれば、雪道で車がえんこしても、助けてくれる、半分親戚みたいな集落内の関係になります。判らないことがあれば、どんどん尋ねればいいのです。納得できないことがあれば、我慢する必要はありません。とことん話し合いましょう。法律に違反しない限り、自分は自分と割り切ることも必要です。不合理な慣習は、減ってはいますが、いろいろ残っていますから。むしろ重要なのは、朝早く起き、一生懸命働き、出会った人には挨拶し、進んで人助けをし、自らの生活を成り立たせるよう努力を惜しまないことです。今、農業と農村は極めて厳しい環境です。このままでは、年金暮らしの老人と、公務員と、老人施設関係者くらいしか職がなくなってしまいます。入植をめざす方々は、貧しくとも、食糧を生産している喜びと誇りを胸に、アルバイトもいとわず、農村に住み続けてほしいものです。
豊かな自然:夏鳥としては、サンコウチョウ、オオルリ、アカショウビン等声の良い鳥が多く、ウグイスやホオジロはごく普通に見られます。
哺乳類では、ツキノワグマ、キツネ、タヌキ、ハクビシン、テン、ムササビ、ヒミズ、リス、


ノウサギ等が多い。左は青大将がノウサギを捕らえた所。蛇の右下が兎の頭。中はアマドコロ(6月)ツリガネニンジン(9月)右はホタルカズラ(4月)
昆虫では、5月にはウスバシロチョウがゆるやかに群舞し、珍しいオオクワガタがいます。「孫太郎虫」のヘビトンボは最近見られなくなりました。巨大なナメクジも良く見られ、ゲンジボタルが大発生する場所もありましたが、草刈りなどの労力を節約するためとしてコンクリートで固められたため、発生しなくなってしまいました。またここに建つ私の持ち家の井戸水が夏に涸れるようになったのもこの無用の工事のためです。「蛍の出ない町づくり」を進めた当時の役場の対応は軽率だったと言えます。
その他,、マムシやオオスズメバチなど危険な動物もいるので注意が必要です。
植物では、春さきがけて福寿草(町内沼の平地区では毎年「福寿草祭り」を開いています)、ふきのとう、ショウジョウバカマ、カタクリ、キクザキイチゲ、ヤマエンゴサク(写真)、アマドコロ(写真)、サイハイラン(写真)、エンレイソウ、(写真)イカリソウ、ラショウモンカズラ、ギンリョウソウ。花木では、ヤマザクラ、ウワミズザクラ、ミズキ、ヤマボウシ、ツツジ、フジなどが多い。
山菜のうちワラビとコゴミ、アサツキは採り放題。夏にはウバユリ、ヤマユリ、カンゾウ、ネジバナ、マムシグサ(写真)。秋を迎えてツリガネニンジン(写真)、ヨメナ、・・・数えきれない野の花が彩る。
町内に大きな企業が無く、不況のせいもあって高齢化が急速に進んでいて、放棄される農地や空き家が増えているので、入植するには好都合です。


山都町周辺の在来南瓜と縞瓜・・・・・・・・・カンゾウとワラビの群落
山都町に住みませんか? 農業体験しませんか?
市町村合併について。06年1月、喜多方市中心に4町村が合併しました。旧喜多方市は多額の負債を抱え、財政再建団体寸前です。ここと合併すれば、一時的に起債が認められても、ますます財政が苦しくなります。合併によって郷土愛のよりどころが失われ、過疎が一層進むことは間違いありません。現在町独自の支出は大半が補助金がらみの土木・建設工事であり、林道下廻戸上藤沢線のように毎年わずかずつしか進まず、完成してもほとんど利用される見込みの無いもの、防災無線塔のように効果が疑問視されるものなどです。00年、妻は臨時工事信号に気づかず追突事故を起こし相手にむち打ち症のけがを負わせましたが、これは道路拡幅工事の際誤って水道管を破壊したための復旧工事で、無駄の典型でした。こうした工事をやめ、町職員の旅費を交通費だけにし、町長はじめ特別職や議員の報酬を大幅に引き下げ、支出を減らし、人口増加のためのあらゆる手段を講じれば、合併しなくても、赤字を減らし町を発展させることができたはずです。合併は町の安楽死です。合併すれば、住民一人当たり今より厳しい財政となります。予算総額が増えたからといって、箱ものを作れば維持費がかさみます。合併するなら、公共事業は災害復旧など最小限に抑えて、福祉や農業担い手確保に振り向けるべきです。立派な道路や橋は要りません。1960年代の、元気な田舎を再生しましょう。それをせず、全国どこでも同じ公共事業で飾られた、若者のいない広域市には絶対にしたくありません。
積雪地帯なので、「人が住まないと潰れてしまう」から全国平均よりは貸家が多いですが、やはり貸してもらうためには家主にお願いし、説得しなければなりません。家主もふるさとの地域活性化のために、借り手の身元への不安があっても思い切って貸してくれるのです。家の中には、家主や前の住人の荷物が残っていますし、長期間空いていた家はそれなりの整備が必要です。トイレはほとんどくみ取り式です。最近の都会人は、私たちの想像を絶する便利な生活をしているようです。田舎に移住を望む人は、あるていどの不便を覚悟しておいてください。
2004.2.15私の住む洲谷集落の空き家の除雪に来ていた73歳女性が、落ちてきた雪の下敷きになり凍死しました。人が住んでいないと雪が自然には落ちないのです。合併により、周辺部は過疎化が進み、こうした事故が増えることが予想されます。都市のスラム化とともに世界的現象ですが、ウクライナでは農村部へ人が戻ってきているそうです。都市では餓死するが、農村では食べるだけはできるからとのことです。江戸時代までは、都市は墓場と言われていました。
「嘘だべーっ」娘は雪道駆け下るスコ持つ祖母に雪重かりき

エンレイソウ と ウスバシロチョウ
内なる自分をふりかえって
1948東京都練馬区生れ 石神井西小学校、石神井西中学校、東京教育大学附属高校、東京大学農学部農業生物学科1971年卒業、福島県農業(園芸)試験場、喜多方農業改良普及所、会津農業センター勤務、1999年退職。専業農民となる。
奇行が多い。定年10年前に退職したことが最たるものだが、現職中でも県庁でも議会でも地下足袋で行く、1m積雪があっても自転車で16km通勤する、後半は転勤を希望せず自宅でのメロン栽培に熱中して仕事は最小限しかやらない、有機栽培をめざして試験場でメロンの無農薬栽培試験には成功したが、イチゴも防除をしなかったらダニだらけになってしまった、農試のガラス室の間に大きな花壇を作った、研究発表会ではデータの誤植を指摘することが得意だった、イチゴ花芽分化の研究報告では欲張り過ぎて50以上の試験区をずらりとならべ読む人を辟易させた・・とても住めないような廃屋を田舎暮らし希望者に紹介し、奇特な入植者が再生入居した家も多い。
仕事熱心で行動力があり情熱的献身的ということは強引、乱暴。発想豊かで頭の回転が早いということから、専門に近い研究報告を読むと頭がぐるぐる回って止まらなくなり限りなくアイディアが出てきてしまうので読むのが恐ろしかった。合理的発想に徹することはつまり非情であり、人をこき使い、将棋の駒のように利用することにもなる。ただ、身勝手な都会人の厚かましさに物言えない気の弱さもあった。魅力的な女性に本来の目的を見失う事もあった。仕事が早いのも自慢だったがそれは哲学が浅くアメリカ的物量作戦であり目的のためには手段を選ばぬ卑劣な行動も取った。郷土愛が強い人間で、生まれ育った関町がすでに変質してしまったため、山都町のために献身しているが、偏狭な郷土愛から、全国では福島県の利益、福島県では耶麻地方の利益しか考えないことが多かった。こんな私なのに多くの入植者が定着しているのは、親切な地元の人々、結参加者の若い女性たちのそば打ちアルバイトをいつも受け入れてくれる深沢さん、女子寮の近所に住み何かと面倒を見てくれる大塚さん、入植者の模範となって農業をし、クラシックコンサートを毎年開く地域の人々の人望が厚い大友さん、若い入植者の中心となって集まりをまとめ、管理がゆきとどかない堰をボランティアで修理したり地域農業再生にかけている浅見夫妻など、多くの人々のおかげです。私はもともと技術屋で、大学時代やっていた「亀有セツルメント」の影響で地域のことに取り組むことから人間にもかかわってきましたが、やっぱりミスキャストというか、技術開発や技術指導、そして実際に栽培することが本職で、人間相手の仕事は下手だなあ、と思います。
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