トルクメニスタンの旅、遺伝資源地球を救うЯндак(ヤンダーク)の3つの活用法NEW
平和な国


〇 私は95〜98年、三回旧ソ連中央アジアのトルクメニスタンを訪れ、メロンを始めとする遺伝資源を採集、自然と生活に触れ魅了されました。まだ貧富の差がなく、治安が良く、人々は親切で明るく開放的でした。下右写真はアフガニスタン国境近いタシケプリの自然農法でメロンと西瓜を作っている所。茫漠として広がる遊水池はまさに「天と地と水の交わる所」
〇2005.9〜2006.9の1年間、アナウ市にある、国立農業科学研究所で、野菜の節水栽培について研究して来ました。この研究所は、ソ連時代には2000人の職員が働いていましたが、現在はわずか100名ほどで、うち研究員は50名ほど、高齢化し、施設は老朽化が目立ちます。ガラス温室は1月4日に-10℃の寒波の時、暖房用ガスが止まって、中のトマト、キュウリ等が全滅、かろうじて生き残ったインゲンと一部のメロンも、6日に-12℃に下がった時再度ガスが止まって全滅、春菊だけが生き残りました。全滅する前から、トマトはほぼ全株がウィルスに侵されており、これはマルチを行わず畦間掛け流し潅漑をするため土寄せ作業をするので、この際スコップで根を切ることが感染を広げることになっていたようです。私のトマトは穴肥で土寄せを行わなかったので、ウィルスに感染しませんでした。
05年秋には畑に200余りの穴を掘り、ここへ落葉約10kgを入れて、その上に牛糞堆肥を乗せ、06年春、トマト、ナス、メロン、西瓜等を植えました。メロン、西瓜等は直播も行いました。その結果、3月中心に降る雨だけでは6月下旬になると水分が不足し、夏に潅水が必要となるが、冬〜春に大量に水が流れ込んだ穴では、夏に潅水しなくてもメロンが収穫できることがわかりました。つまり、落葉は半年間は水を貯えることができるということで、夏に水が不足する当地では、有効な技術であるということがわかりました。メロンはトルクメニスタンの原種2種(大型のバハルマンと、早生で小型のザムチャ)と、私が日本でトルクメニスタンメロンと会津の瓜を交配して育成したいろいろな系統です。収穫されたのはザムチャと、私が育成した系統で、バハルマンは葉の面積が足りず着果しませんでした。果実の大きさはいずれも本来の4割程度でしたが、私が育成した系統の中で1株だけ、1.3kgで糖度19の果実が5個も成るものがあり、水分が不足する悪条件でこれほどの能力を発揮するということで注目されました。この系統は1/4が会津の瓜等,3/4がトルクメニスタンのバハルマンやグリャビで外観はバハルマンに似ていますが、日本で無潅水栽培で選抜されたため、畦間掛け流し潅漑で作られる当地のメロンよりかえって乾燥に強くなったと思われます。
一方中玉トマト「紅涙」は、本来果実は10g以上になるものですが、潅水不足のため7月には平均2gほどにしか育たず、回復も遅れ、当地のトマト2品種は極めて着果が悪く、トマトは落葉での栽培は不向きであることがわかりました。ナスは潅水すれば非常に生育が良好になるが、メロンより頻繁に潅水しないとしおれてしまいます。
接木の試験も行いました。イヌホオズキにトマト、ナスを接木することは成功し、高温乾燥に強いイヌホオズキにより後半の収量を上げることや、土壌線虫や根腐れ病への抵抗力に期待できますが、イヌホオズキの葉にはアブラムシがつきやすい欠点があります。一方ヤンダークへの大豆、インゲンの接木は活着はしますが全て作物が枯れてしまい、科が異なるメロンやトマトはくっついたように見えても根を切り離すと枯れてしまうので、普通の方法では接木はできないことが確認されました。
生活は、首都アシガバードの4階建てマンションに住むОляさんの家に下宿していました。食事は主食が米、次にパン、またときどき水餃子のようなものも出ました。おかずはトマトだけのような時も多く、ときどき出るスープが美味しかった。毎回の食事で栄養バランスがとれていなくても、数日は平気なものだとわかりました。市民の服装は、男性は日本とあまり変わりませんが、女性はトルクメン人は「コイネク」という民族衣装を着ている人が過半数で、首都では人口の3割を占めるロシア人の女性は夏は露出度が高い。首都アシガバードには蚊が多く、2月から12月まで発生しています。マンホールの蓋には蚊の彫刻がしてあり、「蓋を開けていると蚊が発生する」と警告しています。一方下水のないアナウには蚊がほとんどおらず、夏の4カ月は庭にベッドを置いて寝ています。
通勤は乗合バスを乗り継いでいました。バス料金は非常に安く、アナウまでは1,000マナト(5円)、市内はトロリーバスと市バスは一回50マナト(25銭)です。このトロリーバスは、街路樹の枝などのためしばしばポールがはずれ、女性が3割と比較的多い運転手は器用につけなおします。その他のバス運転手は全て男性です。産油国であるためガソリンは400マナト(2円)/リットルです。全ての自家用車が変身するタクシーも市内は5,000マナト(25円)、アナウまででも20,000マナト(100円)です。このように交通費が安いことが、経済活性化に役立っています。主食もパン一斤に相当するものが13円、米1kg50円等、日本の1/8程度です。一方所得は研究所の所長が月収25,000円、中堅の研究員が18,000円程度、草むしりや接木などの作業をするおばさんが5千円程度で日本の1/10以下です。給料が良いのは警察官等だそうですが、おおむね2万円程度と思われます。
治安は良好で、殺人や強盗はほとんど聞きません。ただコソ泥は多く、私もメロン2個畑から盗まれた他、大金も盗まれました。独立後麻薬中毒患者が急増し、道路に注射器が落ちているのを3回目撃しました。潅水ホースなど毎日使う物でも、夜は盗まれないよう倉庫にしまいます。乞食は3回目撃しましたが、いずれもおばあさんで、社会保障が独立後後退し、失業者も増えているということです。
この国は祭日が多く、その度に民族衣装を着た青年や子供の群舞や器楽や歌が披露され、夜は花火が打ち上げられます。山には25kmにわたって遊歩道が整備され、春には毎週違った花が楽しめます。特に4月下旬が盛りの真紅のケシの花は道路や線路沿いに延々と開花します。この国の特産物、絨毯と同じように。春には日本では見かけない濃い紫のフリージアのような花が数種類、夏には夜咲く白い4弁の大きな花で茎には鉤状の刺があり、小さな西瓜のような実が成る草などが至る所に咲き、地表の乾燥に適応して、根が深く掘り上げは困難です。
02年10月発行全国農業改良普及協会編「メロン・スイカ最新の栽培」に「トルクメニスタンのメロン」として執筆しました。
ロバが運搬
特に東部にある第二の都市チャルジョウ(99年トルクメナバードと改称)は、メロンの二次原産地といわれ、実に多様な品種がありました。また、首都アシガバードで毎年8月第二日曜日に開催される「メロンの祝日」では全国からメロンを始めとする農畜産物の展示、品評会が行われ、手作りのお菓子やコンサート、民俗舞踊、合唱、モデル撮影会などが行われます。バザールではさまざまな野菜、果物から日用品まで売られています。特にチャルジョウ(最近トルクメナバードと改名)のバザールは並んだメロンが一個一個違うといってもいいくらいで、糖度はたいてい16度くらいあり、しかもみずみずしく香り高く、日本のメロンよりずっとおいしい。値段は1kg10円くらいと、とても安い。農家が皆自分で採種して、オリジナル品種が無数にできています。採種はメロンの皮に種子を並べて直射日光で乾かします。
その他、ラグビーボール型の「チャルジョウ西瓜」、桃(白肉と黄肉)、無花果(黒皮と黄皮)、ブドウ(黒と黄緑)、すべてとても甘くおいしい。アムダリヤホテルでは、木造ながら、風呂にも入ることができます。アムダリヤレストランの味は落ちてしまいましたが、近くのレストランの料理はサワークリーム、ピロシキ風のアレンジ、等々日本人の口に合い最高にうまい。宿泊料金も安い。庶民の生活は、独立後物価が年に20倍も上がり、以後安定に向かいましたが、医療費も削られる等生活は苦しくなり、石油資源目当ての西側資本の流入で貧富の格差も生まれつつあります。


レペテク砂漠研究所にて。 もう一つ、予想外の発見がありました。砂漠に近い乾燥地に生えるЯндак「ラクダ草」という刺ばかりで葉がない豆科の草は、ラクダしか食べません。ところがこれにネナシカズラという寄生植物がからみつき養分を奪っています。このネナシカズラが羊や山羊の好物なのです。このため、羊がネナシカズラを食べて糞をして、ラクダ草を助けています。この生態系で砂漠化を防止しているようです。また、ラクダ草は、地際を切って西瓜の種を入れるとラクダ草の根の中を西瓜の根が伸びて、乾燥地でもすばらしく甘い西瓜が成るそうです。他にЯндакの活用法として考えられるのは、若い部分に、豆科の作物を接木して、Яндакしか育たないステップ地帯で作物を育てることです。接木の方法、作物の種類等は試行錯誤しかないでしょう。この方法ができるなら、弊害の多い灌漑や、時間のかかる遺伝子組み換え作物より、ずっと有利ではないでしょうか。しかし、実際には、повилика(ねなしかずら)の種子は有毒であり(ヒルガオ科なので下剤か)種子のついたповиликаは非常に厄介な物で、яндакだけなら干し草として冬の羊の餌となるとのことでした。また、яндакにインゲンを接木してみましたが、活着はするのにインゲンが全て枯れてしまい、яндакがウィルスなど、なんらかの、インゲンにとって有毒なものを含んでいることが推定されました。
ネナシカズラとЯндак(らくだ草)
土壌日光消毒するため古ポリをかける
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メロンの審査(左)と、チャルジョウのバザールにて(右)。 10円/kg! |
98年のトルクメニスタン行きでは、新たな発見としては、南部アフガニスタン国境に近いタシケプリではメロン、西瓜、南瓜を播いたら収穫まで放任の自然農法が行われており、危険分散のため必ず違う品種の種を1箇所に2〜3粒播種して栽培するので、交雑により毎年新品種が生まれていることです。


ゲチ・エムジェクの寄生した木。道路でメロンを売るおじさん。紫色はビート。こりこりして美味い。
チャルジョウのコルホーズでは、オンシツコナジラミが発生して問題になっていました。マリやイオロタニでは「ゲチ・エムジェク(山羊の乳房)」という寄生植物が樹木に寄生しています
(写真左上)。物価はここ2年比較的安定してきました。



白いトウモロコシ ・・・・・・・チャルジョウのバザール・・メロン品評会を見つめる・・お国自慢のユルタで
アフガニスタン空爆について考える。西部の主要都市ヘラートから北に数十km、トルクメニスタンの桃源郷タシケプリ。心配です。広島・長崎に原爆を投下した責任者・アメリカのトルーマン大統領の日本への引き渡しを要求して日本がアメリカを爆撃したらどうなっていたでしょうか。問題は、戦争によって地下水路カレーズを始め生活環境が破壊されることにより、住民が農業で生活できなくなり、不安定な流民となり、テロリストがその中から生れるということです。一日も早く平和が訪れ、地雷が除去され、カレーズを復旧し、のどかな農村を再建する手伝いがしたいものです。米国は、貧困がテロを起こすことを知るべきです。闘うべき相手はテロリストではなく、バッタだと思います。バッタがいなくなれば、緑がよみがえり、バッタは貴重な食糧となります。
私の夢は、トルクメニスタンで、根が地下50mも伸びるナミビアの耐乾性の瓜「ナラ」を台木としてメロン、南瓜等を半砂漠で栽培することです。ヤンダークの活用と共に、灌漑不要の耕地こそ、食糧危機克服の鍵だと思います。